多言語教育その前に、外国語を流暢に話すより大切な事

モロッコは公用語のアラビア語と、第2言語の仏語の他、スペインに近い北部はスペイン語が通じたり、ベルベル人はベルベル語を話したりと多言語国家。アラビア語にも口語であるモロッコ方言と学校で学習する正則アラビア語の2種類があり、モロッコの子ども達は幼い頃から多言語環境で育ちます。スゴイい事ではありますが、いくつもの言葉を話すよりも大事な事がある気がする…多言語教育に熱心になる前に心に留めておきたい事。

モロッコと日本、根本的な教育の違い

子供たちの通う学校で先週、説明会&保護者面談があり、モロッコの教育について興味深い話が聞けました。モロッコでは教育=外国語学習と言っても過言でないほど、語学に力を注いでいます。教育を受けたなら外国語を話せるのは当然で、私も来たばかりの頃、仏語も英語もまともに話せず、日本人なのにどうして英語ができないの?と言われたことがありました…

教育における日本とモロッコの根本的な違いは、モロッコでは学ぶ為の言語として正則アラビア語と仏語が必須であるが、日本は100年かけて日本語であらゆる分野を学べるようにしたと言われていて、外国語を使わずとも多くの分野が学習できるという事が決定的に異なります。

モロッコでは小学校から理科や算数を学習するために、口語でない外国語が必要なのです。

外国語の流暢さよりも大事な事

説明会の質疑応答でも、案の定、「去年からこの学校に通わせているけど、残念なことに、ろくに仏語が話せるようになっていない。」との意見が。しかし、管理部の責任者が言った返答がまさしく自分が求めていた答えだったので、普段不満の多いモロッコの学校でそんなことを言ってくれる人がいるとは!と嬉しい驚きでした。

いわく、「私はとある仏語を正しく流暢に話せる人を知っているが、その人のコミュニケーションは全く良くありません。他方、モロッコ方言しか話せないが素晴らしいコミュニケーションができる人も知っている。外国語の流暢さの前に、恐れず自分の意見を言い、他者の意見を尊重できるかどうか、それが大事だと考えます。

正しくその通りだと思います。日本でも2020年から小学校で英語が必修となり、色んな問題が提起されています。いくら外国語が流暢でも、それは所詮外国語。ネイティブには敵わないし、外国語で詩や文学、文化を生み出すことは難しい。そうなると、いかに「国語」が大事かが分かります。

言葉はあくまでツール

語学というのは面白いもので、私がモロッコに協力隊員として赴任した当初、初めは言葉が通じないことに焦りましたが、通じるようになってくると、通じないのは言葉でなく思考だ。ということに気が付くのです。そこから本当に相手の文化を理解するという長い道のりが始まります。

英語についても、日本人は発音にコンプレックスを抱きがちですが、もはや世界共通語の英語に各国のアクセントがあるのは当然。問題は発音の良し悪しでなく会話の中身だ。というのは見識ある教育論の中でよく言われることです。

悩めるモロッコ教育の現実

日本にも求められるような素晴らしい考えを持ったディレクターがいることは判明しましたが、仏語の先生が宿題の添削をしてくれないことを訴えようと思って行ったのに、肝心の仏語教師が不在で、保護者面談に先生が欠席という衝撃。相変わらず不可解な事も多く、理想と現実には大きな差があります。

息子達の通う小学校

ここで高い私立に通わせても、内容も設備も夏に子供たちが実家から通う日本の田舎の町立小学校に遠く及びません。子供たちも日本の学校の方が好きなので、どこで教育を受けさせるかについては常々悩みますが、小学校は楽しくても中学になると雰囲気が一変し、日本独特のルールや空気に対応するのは難しいかもしれない。

どちらが良いか…と悩めるのも小学校低学年くらいまでで、中学くらいの思春期では学ぶ国を変えたら負担の方が大きくなってしまうだろうと思う今日この頃です。

*この記事は2019/11/03に書かれた前アメブロを再編したものです。

 

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